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東京地方裁判所 昭和62年(行ウ)100号 判決

原告 株式会社 駿河銀行

右代表者代表取締役 岡野光喜

右訴訟代理人弁護士 竹内桃太郎

同 石川常昌

同 江川勝

被告 中央労働委員会

右代表者会長 石川吉右衞門

右指定代理人 萩沢清彦

〈ほか四名〉

被告補助参加人 駿河銀行従業員組合

右代表者中央執行委員長 大石和行

右訴訟代理人弁護士 小部正治

同 井上幸夫

同 上条貞夫

同 柳沢尚武

同 渡辺正雄

同 坂本修

同 高橋融

同 西村昭

同 小林亮淳

同 秋山信彦

同 永盛敦郎

同 岡田和樹

同 牛久保秀樹

同 小木和男

同 今野久子

同 橋本佳子

同 前田茂

同 志村新

同 金井克仁

同 小林譲二

同 上野廣元

同 水口洋介

同 福地絵子

同 福地明人

同 田中晴男

同 清水光康

同 臼井孝一

同 杉山茂二郎

同 伊藤博史

同 佐藤久

同 阿部浩基

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  中労委昭和六〇年(不再)第五八号事件について、被告が昭和六二年六月一七日付けをもってした不当労働行為救済命令を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の主張

1  静岡県地方労働委員会は、被告補助参加人(以下「補助参加人」という。)を申立人、原告を被申立人とする静労委昭和五八年(不)第三号の一事件につき、昭和六〇年一二月五日付けで別紙一のとおり救済命令(以下「初審命令」という。)を発した。

原告は、右初審命令を不服として被告に対し再審査申立てをしたが、被告は、昭和六二年六月一七日付けをもって、別紙二のとおり右申立てを棄却し、初審命令を維持する旨の命令(以下「本件命令」という。)を発し、この命令書の写しは同年七月二日原告に交付された。

2  しかしながら、本件命令には、以下のとおりの違法がある。

(一) 本件命令は、「組合専従者に関する協定」(以下「本件協定」という。)につき原告が昭和五八年六月一五日にした改定提案(以下「本件改定提案」という。)は、当時の組合専従役員が全員専従者となり得ない再任禁止規定を含み、組合が容易に受け入れ難い内容のものであるという。

しかし、本件改定提案の専従者の人数、専従期間は、我が国で一般に行われているところと比較して、特段に組合に不利ではないし、再任禁止規定についても、ほとんどの労働協約がなんらかの形で専従者の選出について会社の意見が反映するようになっていることを考えれば、銀行業務との関係において専従者の選出について銀行の意見を反映させたいということを目的とした右規定も、一般の場合に比較して組合に特段不利であって、受け入れ難いものであるということはできない。この点は、東海地区の他の地方銀行の場合と比較してみても、同様のことがいえる。そのうえ、本件協定が専従者の人数を五人としていたのは、専従者が従事していた組合業務と対比して多すぎるものと解され、しかも専従期間は最も長い者で一六年間にもわたっており、便宜供与としては過大なものとなっていたのである。また、本件改定提案は、密度の高い労働、少数の人員構成とその効率化、活性化が要求されるようになってきた労働環境、銀行業務の機械化、金融の自由化による急激な金融環境の変化に対応しようという必要から行ったもので、その必要性があったのである。

(二) 本件命令は、原告が本件改定提案について協議を尽くさないまま三週間後には解約通告を行ったのは、余りにも性急であったという。

しかしながら、原告が本件改定提案の三週間後に解約通告を行うに至ったのは、その間補助参加人が口ではすこしは協議してみるといいながら、組合内部で討議した気配が全くなく、交渉においては本件改定提案に関する協議を実質的には拒否するとの態度を示していたからである。すなわち、本件改定提案を行った昭和五八年六月一五日の団体交渉において、補助参加人は、協定の改廃について労使双方の合意を必要とするとの規定があることを指摘し、組合の同意なしには改定は実現しないとしたうえ、基本的には受け入れられないと思うが、すこし協議してみると発言した。その後同月二一日及び三〇日の交渉において、原告は本件改定提案を議題として採り上げたが、二一日の交渉においては、原告からその後どうなっているかと質問したのに対して、これに取り合おうとせず、三〇日の交渉においても、原告からの同様の質問に対し、組合は忙しくてやっていられない、合意条項があるから承知してくれと発言し、取り付く島もない状況であった。この状況を、過去における閑職者制度の廃止及び本件協定成立当時の状況、労働協約等の更新に関する交渉経過、原告が提案して結局廃案となった週休二日制、時差出勤制度等に関する交渉経過等に照らしてみると、補助参加人は、表面的ないしは形式的には協議に応じるかのような態度を取りながら、実質的には交渉を引き延ばして協議に応じようとせず、これによって原告の本件改定提案を廃案に追い込み、あるいは撤回させようとの方針であると解されたのである。このような事情であったから、原告は、本件改定提案についての交渉促進を図る趣旨で右提案の三週間後に本件解約通告を行ったのである。したがって、原告の解約通告が余りにも性急であったということはできない。

(三) 本件命令は、協定の改廃には双方の合意を必要とするとの規定を置いている本件協定の内容を改定するに当たっては、相手方と十分協議し、双方が納得できる改定を実現するよう合意形成に努めることが強く求められているとする。

しかし、右のような規定は法律的には効力がないのであるから、同規定がおかれていることを根拠に双方が納得するまで十分協議すべきであるとするのは正当ではない。

(四) 本件命令は、本件改定提案は職能資格給導入を前提とした賃金引上げ回答、就業時間の変更を含む就業規則の改定問題等をめぐって労使が対立し紛争状態にある状況のもとで行われたとする。

しかし、職能資格給の導入は昭和四一年以来の問題であり、賃金引上げは毎年の問題であって、本件改定提案も労使間における諸問題の一つであるに過ぎず、右提案の時期が特に労使の対立が激しい時期でもなかった。仮に紛争状態にあったといえるとしても、原告が右のような紛争状態にある時期を狙って本件改定提案を行ったわけでもなく、また右の諸問題と本件改定提案との間に何らかの関係があるわけでもない。

(五) 本件命令は、本件解約通告の直後における原告と協調的な新組合の結成、補助参加人の組合員数の急激な減少、本件協定の失効に伴う専従者全員に対する職場復帰命令、その後の五名の組合執行委員に対する懲戒解雇等の事実を勘案すると、本件解約通告は協定の破棄失効によって原告の嫌悪する組合の専従者を排除し、補助参加人の運営を阻害することを意図するものであるとする。

しかし、新組合の結成は、補助参加人自体が内部崩壊した現象で、昭和五八年以前からその芽が出始めていたものであり、解約通告の直後に新組合が結成され、これに補助参加人を脱退した組合員が大量に加入したからといって、これと本件解約通告との間に関係はない。また、本件協定が失効することとなった以上、専従者に職場復帰を命ずることは当然であり、補助参加人はいったんは職場復帰に応ずるかのような姿勢を取りながら、組合業務に従事させるため五名の執行委員に指名ストライキを指令したのであるから、原告が違法な右指名ストライキを職場放棄ととらえて、これを理由の一つとして懲戒解雇したのはやむを得ないものであり、本件命令の右認定判断は誤りである。

(六) 本件命令は、原告の本件解約通告自体を不当労働行為であると判断しているが、使用者が専従者を認めるか否かなどについては使用者の承諾の自由の範囲内にあるということができ、一旦締結した協定を解約することも権利の行使であって、これが不当労働行為に該当することはない。そもそも不当労働行為制度は、使用者の事実上の行為に対する救済として事実上の行為を命ずることを目的とするものであるところ、本件協定の解約通告そのものは法的権利の問題であって、事実上の行為の問題ではないから、これをとらえて不当労働行為の成否を論ずることはできない。

(七) 以上のとおり、本件命令は、事実を誤認し、判断を誤ったものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

3  本件命令書の理由中「第1 当委員会の認定した事実」により引用される初審命令書の理由中「第1 認定した事実」記載の被告の認定事実(ただし、本件命令書において変更、追加されている箇所については、変更、追加後のもの。以下「本件命令の認定事実」という。)に対する認否は、以下のとおりである。

(一) 「1 当事者等」

(1) (1)の事実は認める。

(2) (2)の事実は認める。ただし、現在の組合員数は、約八〇名である。

(3) (3)の事実は認める。ただし、新組合の現在の組合員数は約二〇〇〇名である。

(二) 「2 専従者協定の改定提案及び解約通告について」

(1) (1)の事実のうち、組合専従者に関する協定が昭和四六年七月一日から実施されたとの事実は否認し、その余は認める。本件協定が実施されたのは同年六月二五日からである。

(2) (2)の事実のうち、昭和五八年六月一五日の団体交渉における本件協定八条に関する原告及び補助参加人の発言並びに本件改定案の提案に対する補助参加人の基本方針に関する発言の順序ないし趣旨は否認し、その余の事実は認める。

(3) (3)の事実のうち、本件協定実施以来、協定運営に関して労使間において特に問題を生じたり、これを巡る紛争を生じたことはなかったとの事実は否認し、その余の事実は認める。

本件協定実施後、専従者の人数が多すぎ、その任期が長期化しているため問題が生じ、原告は、補助参加人に対しこれを是正する必要があると申し入れていた。

(4) (4)の事実は認める。

(5) (5)の事実のうち、昭和五八年六月二一日の人事部交渉において、補助参加人が、本件協定の改定提案を受けて、原告に「重要な問題であり、簡単に結論が出る問題ではないので、慎重に検討するため協議は待ってほしい。」との申入れを行ったとの事実及び同月三〇日の人事部交渉においても、協定問題は議題にあがっていたが、時間切れのため協議に入れず、結局解約通告が行われた日までに労使の間で改定提案についての実質的な協議はなされなかったとの事実は否認し、その余の事実は認める。

(三) 「3 銀行と組合の労使関係について」

(1) (1)の事実のうち、昭和四〇年ころまで、原告と補助参加人とは、比較的安定した関係を維持してきたこと、原告が、昭和四八年に導入を提案した職能資格給の内容が、昭和四一年におけるのと同様であったこと及び補助参加人が昭和五六年に大蔵省に是正指導を求める等して、原告の預金獲得指示を取り消させたことは否認するが、その余の事実は認める。

(2) (2)の事実のうち、原告が補助参加人に対して強い不信感を抱いていたとの事実は否認し、その余の事実は認める。

(四) 「4 職能資格給の導入について」

(1) (1)の事実のうち、原告が昭和五八年二月一七日、職能資格給等に関するアンケート調査の結果を凍結したのが補助参加人の抗議によること、同年三月一四日開催された団体交渉において導入を提案した職能資格給の内容が、昭和四一年と四八年の二回にわたり提案した内容と同趣旨であったこと及び右提案文書を行員に配布するため、右団体交渉終了後支店長会議を開催することをあらかじめ予定していたことは否認するが、その余の事実は認める。

(2) (2)の事実のうち、原告が、昭和五八年六月一三日に行員の登用試験であるリクルート検査を実施したのは、当日補助参加人の代議員総決起集会があったからであること、同決起集会に際して原告の参加妨害工作があったこと、原告が従来は指名スト参加者には発せられなかった警告を、職場放棄を理由として、同集会参加者に対してのみ行ったこと及び補助参加人が同年七月三日の全員大会を、原告の参加妨害工作により不成功に終わる虞れがあると判断して、中止したことは否認し、その余の事実は認める。

原告は、同年五月上旬ころからリクルート検査の準備に入り、当初の方針どおり実施したもので、当日補助参加人が代議員集会をすることは知らなかった。また、補助参加人の全員大会についても原告に事前に連絡はなく、中止の真の理由は組合員の組合離れであり、参加妨害工作などあり得なかった。

(五) 「5 専従者協定の解約通告後の労使関係について」

(1) (1)の事実は認める。

(2) (2)の事実のうち、原告の人事部調査役が昭和五八年七月二一日に開催された新組合の会合の席上で、原告が新組合を後押しする旨述べたことは否認し、右会合が開催されたかどうか、誰が出席したかは不知、その余の事実は認める。

(3) (3)の事実は認める。

(4) (4)の事実のうち、補助参加人が、昭和五八年一〇月一五日、原告に対し行った専従者数の変更通知が、原告側の改定提案の趣旨に沿ったものであることは否認し、その余の事実は認める。

(5) (5)及び(6)の各事実は認める。

4  よって、原告は、本件命令の取消しを求める。

二  原告の主張に対する認否及び被告の主張

1  原告の主張1の事実は認める。

2  同2の主張は争う。

3  本件命令は、本件命令書の理由欄記載のとおりの事実に基づいてされたもので、その事実認定及び判断に違法はない。

三  原告の主張に対する補助参加人の反論

1  補助参加人は、本件改定提案に関し、原告に対して協議の意思を明確に表明し、誠実に対応していた。すなわち、本件改定提案は、昭和五八年六月一五日の団体交渉の際、議題になっていなかったにもかかわらず、原告から終了間際に提案された。補助参加人は、突然の提案であったが、その場で直ちに交渉を進め、最終的には双方で今後協議を続けて行こうということになった。団体交渉終了後、補助参加人は、本件改定提案について討議し、弁護士に相談し、他行の専従制度の調査を行うなどの検討を開始した。同月二一日の人事部交渉においては、補助参加人から、慎重に検討しているが、他行の調査もまとまらないから、協議についてはしばらく待ってほしいと申し入れたところ、原告は、異議をはさまずに了承した。そして、同月三〇日の人事部交渉においては、補助参加人は協議に応じる意思で臨んだが、原告の人事部長が離席したため協議できなかった。

ところが、原告は、同年七月六日の団体交渉において、本件改定提案について一言も協議を行わない段階で、解約通告を強行したものである。したがって、原告が本件改定提案について協議を尽くしたものといえないとする本件命令の判断は正当である。

2  専従役員の有無は組合活動の存立にかかわる問題であり、また、本件協定八条に協定の改廃には労使の合意が必要である旨の条項が入れられたのは、背後に専従協定成立までの長い歴史的経過があるからであって、労使双方ともそのような経過を経て成立した本件協定を尊重し、順守していくことを互いに確認する趣旨なのであるから、本件協定の改廃に当たっては相手方と十分協議し、双方が納得できる改定を実現するよう合意形成に努めることが強く求められているという本件命令の判断は正当である。

3  昭和五八年二月の職能資格給導入に関するアンケートに端を発し、原告と補助参加人の労使関係は、対立状態となり、本件命令の認定する経過を経て、本件改定提案当時、この対立は激しさを加えていた。そして、本件改定提案の約一か月後、本件解約通告の二週間後に、原告の人事部調査役が新組合の会合で新組合を後押しする旨述べるなど、原告が補助参加人を分裂させるための策動を行っている。右の労使紛争の経過に照らせば、本件改定提案及び解約通告が、補助参加人の専従者を排除し、その弱体化を狙ったものであることは明白である。

4  本件改定提案には、合理性がなく、必要性もない。専従者の人数制限、任期制限を他行並みにするというが、他行の実態は明らかでなく、原告の挙げる金融の自由化、業務の機械化という必要性も単なる口実に過ぎない。また、補助参加人の専従者が長期間にわたっていたのはそれなりに理由があったのである。しかるに、原告は、本件改定提案の再任禁止規定を適用すると、補助参加人が組合活動の経験者を専従者に配置することができないという著しい不利益を被ることを熟知したうえ、これを提案したのである。

第三証拠《省略》

理由

一  救済命令の成立

原告の主張1の事実は、当事者間に争いがない。

二  本件の事実関係

1  本件命令の認定事実については、原告の主張3において原告が否認し、又は不知とする事実以外は、すべて当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実のほか、次の事実を認めることができる。

(一)  《証拠省略》によれば、本件命令の認定事実2(2)に記載されている本件協定八条に関する原告及び補助参加人の発言につき、次の事実が認められる。すなわち、昭和五八年六月一五日の団体交渉において本件改定提案を受けた補助参加人は、本件協定の規定中に協定の改廃につき銀行及び組合双方の合意を必要とするとの規定があることを根拠に、まず最初に協定の改廃には労使双方の合意が必要であることをはっきりとさせておきたい旨発言したこと、これに対して原告は、合意条項については法律的に解釈してもらいたいと述べ、本件協定を解約することもあり得ることを示唆したこと、補助参加人は、基本的には受け入れられないという結論が出ると思うが、提案されたことは協議、検討すると回答し、団体交渉を終えたことを認めることができる。

(二)  《証拠省略》によれば、本件命令の認定事実2(3)にいうとおり、本件協定実施以来本件改定提案に至るまで、協定の実施に関して労使間において特に問題を生じたり、これを巡る紛争を生じたことはなく、本件協定の改定が労使間の交渉の議題として提出されたことはなかったことが認められる。この点について原告は、この間、専従者の人員が多すぎ、任期が長期化していることを指摘し、補助参加人に対してこれを是正するよう申し入れていたと主張し、確かに右書証によれば、労使が人事部交渉で集った際に、原告から専従者が長期化しているとして、その交代を話題としたことがあったことが認められる。しかし同時に、それは是正の申入れとして交渉の中身となったものではなく、雑談ともいえるものであったことが認められ、いずれにしても本件協定について労使が正式に交渉したことはなかったものである。

(三)  《証拠省略》によれば、本件命令の認定事実2(5)記載の昭和五八年六月二一日及び三〇日の人事部交渉の経過につき、次のとおり認めることができる。すなわち、右六月二一日の人事部交渉において、補助参加人は、原告に対し、協定の改定提案を受けて他行の実情等を検討しなければならず、協議する項目について整理中であり、準備が必要だから協議はすこし待ってほしいとの申入れを行ったこと、同月三〇日の人事部交渉においても、専従協定問題は議題に上がっていたが、他の議題から協議を進めていたところ、原告の人事部長が途中退席し、時間切れのため専従協定については協議には入れなかったこと、その後本件解約通告まで、労使の間で本件改定提案について実質的協議がなされなかったことが、それぞれ認められる。原告は、右両日の交渉とも、補助参加人は原告の質問に答えず、三〇日には原告が本件協定の問題に触れた折、忙しくてやっていられないなどと発言し、協議しようとしなかった旨主張し、《証拠省略》中にはこれに沿う部分もあるが、前掲各証拠に対比して採用することができない。

なお、《証拠省略》によれば、補助参加人が本件改定提案のあった直後の六月一七日及び改定提案に対する中央委員会を開いた直後の同月二一日にそれぞれ発行した組合ニュースには専従協定の改定提案のことが全くのっておらず、解約通告後の七月一一日の組合ニュースではじめてこの問題を報じていることが認められるが、《証拠省略》によれば、補助参加人は、労使間の問題につき、執行委員会での十分な議論、人事部交渉を経て、組合としての一定の方針をもったうえで報じることもあったことが認められるから、右組合ニュースに本件改定提案について報じられていないとの事実によっても、前記認定が左右されるものではない。

(四)  《証拠省略》によれば、本件命令の認定事実4(2)記載のリクルート検査等に関し、次の事実を認めることができる。すなわち、行員の役職への登用試験であるリクルート検査の当日に開かれた補助参加人の代議員総決起集会への参加者は、それまでの指名ストライキによる同様の集会に比較して七、八〇人少なかったこと、補助参加人は、右集会に対して原告側の参加妨害工作があったとし、また、従来の指名ストライキ参加者に対しては発せられなかった警告が、職場放棄を理由として同集会参加者に対してのみされたとして、原告に抗議したこと、さらに、原告の支店長などが補助参加人組合員に対して、同年七月三日の全員大会へ参加しないよう働きかけをしたこと、補助参加人は、右全員大会を原告の参加妨害工作により不成功に終わる虞れがあるとの理由で中止したことが認められる。

原告は、補助参加人の代議員総決起集会がいつあるか知らなかったし、右警告を発したのも、指名ストライキの通告がないまま職場放棄をしたのであるから当然である、また、全員大会の日程も知らなかったと主張し、《証拠省略》の記載中にはこれに沿う部分もある。しかし、《証拠省略》によると、当時補助参加人はストライキの実施通告を口頭で行っていたが、六月一三日の指名ストライキの実施通告も従来どおり同月一〇日の人事部交渉の際口頭で行った事実が認められ、この事実と前掲各証拠に照らすと、右記載部分は採用することができず、他に原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(五)  《証拠省略》によれば、本件命令の認定事実5(2)記載のとおり、支店長代理ら約二〇名が出席して新組合の会合が開かれ、原告の人事部調査役が新組合を後押しする旨の発言をしたことが認められる。《証拠省略》中には人事部調査役は当日会場に行ったこともないとの部分があるが、前掲各証拠に対比して採用することができない。また、《証拠省略》によれば、右乙第五六四号証を作成した川口敏雄は不祥事を起こし原告を懲戒解雇された者であることが認められるが、右事実によっても同号証の信用性が失われるものではない。

(六)  《証拠省略》によれば、本件命令の認定事実5(4)記載のとおり、補助参加人は、昭和五八年一〇月一五日、本件協定が存続していることを前提にしてはいるが、交渉の円滑化のため、改定提案の趣旨に沿って専従者を三名に変更する旨を原告に通知したことが認められる。

三  不当労働行為の成否

1  右二に記載する当事者間に争いのない事実及び認定事実によれば、本件の事実関係を次のようにまとめることができる。

(一)  昭和四六年に本件協定が締結されて以来、補助参加人は五名の専従者の選任を継続し、本件改定提案まで一二年間にわたって本件協定の実施につき労使間で特に問題が生じたことはなく、その改定が労使の交渉の議題とされたことはなかったところ、昭和五八年六月一五日、原告は、補助参加人に事前に通知することなく、本件協定の改定を提案した。改定内容の主な点は、専従者を三名に減じ、その任期を一年として再任を禁止するなどで、これに従うと、補助参加人の当時の専従役員は既に相当長期間専従者であったため、再任禁止規定に抵触し、今後全員が専従者となれないこととなるというものであった。したがって、補助参加人としては、これをすぐに受け入れるのは組合運営上問題があるという懸念を抱くのも無理からぬ内容であった。それにもかかわらず、原告は、本件改定提案の後本件解約通告までに、補助参加人と改定について協議する機会を二回しか持たないうえ、その際内容について実質的な協議をすることができなかったのに、改定提案の二一日後に本件解約通告を行った。しかも、本件協定には、協定の改廃に関して銀行及び組合双方の合意を必要とするとの条項があり、この規定が法律上その文言どおりの効力を有するとはいえないにしても、通常の場合に比較して本件協定の改定にはより慎重かつ十分な協議が要求されていたものである。これらの点を考慮すると、原告は、本件改定提案の後本件解約通告をするのに性急に過ぎたものと評さざるを得ない。

(二)  原告が本件協定の改定を提案し、その解約通告を行ったころ、原告と補助参加人とは、職能資格給導入を巡って緊張状態にあったものということができる。すなわち、補助参加人は、昭和四〇年代に入ると、活発な組合活動を展開するようになったが、原告は、昭和四一年及び同四八年に補助参加人に対して職能資格給導入を提案し、補助参加人からこれを拒否されていた。しかし、その後も同制度の導入の検討を続け、昭和五八年に再びこれを提案するに至ったが、その提案前のアンケート調査につき労使間に対立が生じ、原告が本件改定提案の三か月前である同年三月の補助参加人との交渉において、職能資格給導入の提案をして補助参加人から提案文書の受取りを拒否され、同一の文書を全行員に配布するに及び、補助参加人は組合無視であるとして原告に抗議し、謝罪を要求するまでに至った。そして、本件改定提案の二日前の同年六月一三日、指名ストライキによる代議員総決起集会の日に原告が行員の役職への登用試験であるリクルート検査を実施し、ストライキ参加者に対して原告から警告が発せられるなどしたため、補助参加人は、同年七月三日の総決起集会を中止することとなり、同月六日の本件解約通告のころには、労使の対立は激しさを増していたものである。

(三)  本件解約通告後、本件協定の改定については、通告の撤回等を巡る議論に終始して実質的な交渉の進展がみられないままであったが、右通告の一三日後に職員組合が結成され、その会合の席上、原告の人事部調査役が新組合を後押しする旨を述べ、その後補助参加人からの脱退及び職員組合への加入が相次いだ。そして、同年一〇月には、補助参加人が、本件協定が存続していることを前提にして、改定提案の趣旨にそって専従者を三名に変更する旨を原告に通知したが、原告は、本件協定が既に失効したとして専従者全員に対し職場復帰を命じたため、専従者全員が同年一一月一日異議を留めながらも職場に復帰したものである。

2  以上の事実関係を総合してみると、原告には、本件解約通告に基づく本件協定の破棄失効によって当時の補助参加人の執行委員全員を専従者から排除することにより、補助参加人の運営を阻害し、延いては原告が目指している職能資格給制度の導入を円滑に行おうとする意図があったものといわざるを得ない。

原告は、本件改定提案の内容には合理性があり、改定の必要性もあったのに、これに対して補助参加人が交渉を引き延ばして右提案を撤回させようとしていたから、交渉促進を図る趣旨ですみやかに本件解約通告を行ったのであり、性急であったというのは当たらない旨主張する。しかしながら、本件改定提案が合理的で、改定の必要性があり、補助参加人が交渉の引延ばしを策していたとしても、本件協定が長年にわたって実施されてきたこと、本件改定提案が突然提案され、その内容に補助参加人としてはすぐには受け入れにくい点があったこと、補助参加人が基本的には本件改定提案を受け入れられない旨表明したものの、協議には応じる姿勢を示していたこと、本件協定の改定には双方の合意が必要である旨の規定があったことなど前認定の事実に照らせば、原告が実質的協議を尽くさずに本件解約通告に至ったのは、交渉促進を図るためにはやむを得なかったものということはできない。

次に、原告は、職能資格給に関する諸問題と本件改定提案とは無関係であると主張するが、前認定のとおりの事実関係の下では密接な関係があったというべきである。

また、新組合の結成は補助参加人自体の内部崩壊現象であり、本件解約通告の直後に新組合が結成されたとしても、両者には何の関係もないし、本件協定が失効した以上、専従者に職場復帰を命じるのは当然であり、原告に補助参加人の運営を阻害する意図はなかったとの原告の主張がある。しかし、仮に原告の主張するように補助参加人自体に新組合結成の原因となった問題があったとしても、前認定の経緯を総合してみると、本件解約通告の際原告に右認定のような意図がなかったものということはできず、右意図が存在する旨の認定を覆すに足りるものではない。

さらに、原告は、使用者は専従協定の締結を法律上義務付けられるものではなく、一旦締結した協定を解約することも権利の行使であって不当労働行為になることはないし、解約通告そのものは法的権利の問題で、事実上の行為の問題ではないから、不当労働行為の成否を論ずることはできない旨主張する。しかし、協定を解約することが使用者の権利であることは当然であるが、この解約権の行使がことさら組合に不利な時期を選ぶなど、専ら組合に打撃を与える目的でされた場合には、権利の行使であっても支配介入行為として不当労働行為に該当するというべきであるから、原告の右主張は採用できない。

3  そうすると、原告のした本件解約通告は、労働組合法七条三号に該当する不当労働行為であるといわざるを得ない。

四  結論

よって、本件命令に違法はなく、原告の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用(参加によって生じた費用も含む。)の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 相良朋紀 裁判官 長谷川誠 阿部正幸)

〈以下省略〉

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